前編の兵庫区の事例では土地の持つポテンシャルのお話がとても印象的だった。後編では、須磨区の焙煎所の事例に加え、他の地域でも参考になりそうな大阪の長屋の事例のお話を伺うことができた。また、ウズラボさんの建築設計、リノベーションについての考え方についても伺った。

●美容院から焙煎所へ

須磨区にある「明暮焙煎所」もウズラボさんが手がけた。「明暮焙煎所」はスペシャルティーコーヒーを取り扱う小さなコーヒー豆屋さん。元美容院だった物件をリノベーションした。

(「明暮焙煎所」の外観、紺色の外観は白を基調にした町並みにヴォイドをつくる)**
(「明暮焙煎所」の内観、既存の大きな開口部を活かして小さいながらも広がりのある空間)**

「コーヒーをこよなく愛する素敵なご夫婦がお店を切り盛りされています。販売している豆はすべて試飲でき、店主の説明はいつも丁寧で、すごく居心地の良い場所です。ドリップ講座も開催しており、ビギナーの方には特にオススメのお店です。豆の販売がメインですが、店主自らが目の前でドリップしたコーヒーを店内で飲むことができます。テイクアウトも可能なので、お店の近くにある妙法寺川公園を散歩する方はぜひ立ち寄ってもらいたいですね。
このお店はとても小さかったのでシンプルにまとめ、お客様との距離感を大切にできるように素朴な雰囲気にしました。傷んだ壁紙を剥がすと裏紙が案外きれいに残ったので、めくれすぎたところや汚れていたところをパテでしごくだけの仕上げにしました。内装で使っている木材は杉の荒木をそのまま使い、きれいになり過ぎないようにしています。このほうがリラックスできますし、緊張しない感じがご夫婦の人となりとフィットしています。
美容院は髪を整えてもらう間に交わされる会話を通じて情報交換がなされるコミュニティサロンです。焙煎所に姿を変えても、コミュニティサロンとしての場所性が引き継がれていることが興味深いと思いました。」

物件のサイズも小さく、コストを抑えた簡素なデザインだ。ここでは、自分に合ったコーヒーを選ぶ、飲む、知る、淹れ方を学ぶ、会話をする、そしてくつろぐという具合に、小さいながらも機能的で多様な使い方ができるようになっている。

●長屋の「使い方」をリノベーション

ウズラボさんは大阪の長屋物件のリノベーションも手がけている。木造密集地域に建つ昭和初期の長屋、須栄広長屋(すえひろながや/大阪市生野区)について伺った。現在では家族で暮らすには難しいイメージもある長屋。ウズラボさんは「若い人に使ってもらえるように」リノベーションを考えた。

「大阪市内でも戦災を免れた地域は戦前の長屋が残っています。須栄広長屋もそのひとつです。
多くの長屋は老朽化しています。いったん空き家になってしまうと、さらに深刻な状況に陥る場合が多いです。新たな住まい手が見つからず、何十年も空き家のままという長屋も少なくありません。夏は暑くて冬は寒い、設備は古くていつも暗い、という具合に、長屋にはマイナス面がいっぱいありますが、それも含めて楽しく住めるようにという考えで改修をおこないました。そうすることで、新たな若い住み手が既存のコミュニティにうまく溶け込んで、快適な住まいとして長屋を再生できると考えています。」

長屋は、隣と壁を共有しているとは言っても、玄関は別々なので庭付きの一軒家のようなもの。ワンルームマンションに住むより、はるかに豊かな暮らしができる。ゆったりとひとり暮らしをすることもできるし、友達と一緒に住んでもおもしろい。
そこでこの長屋では、若い人たちが何らかのつながりを持ちつつ住むことを想定して設計が行われたという。

(「須栄広長屋」の町並み、長屋が軒を連ねる地域が徐々に更新されていく)**

「第一期は、四軒長屋を一棟まるごと耐震改修したもので、大阪市立大学竹原・小池研究室が中心となって基本計画がおこなわれました。ウズラボは実務的な部分で協力しました。
塀から一歩中に入ったところにある前庭が内路地のようにつながれ、四軒でひとつのコミュニティが形成されるようなプランニングになっています。中央にある一軒にはみんなで集まれるような居間があり、オーナーさんも参加する歓送迎会がおこなわれたりします。絵に描いたように理想的な長屋暮らしが展開されています。」

(四軒長屋の内路地のような前庭(左)とコミュニティをつなぐ居間(右))*

第一期から2年が過ぎ、同じ並びにある別の長屋三棟にそれぞれ一軒ずつの空き家がでたことで、再び改修をおこなうことになった。この改修もウズラボさんと大阪市立大学小池研究室が協働で取り組んだ。

「第二期では、外部と内部の関係性をつなぐ存在としての軒先空間を積極的につくるようにしました。気候のいい季節には軒下空間で奥の庭を眺めながら読書をしたり、通りに開くような前庭でDIYをしてみたり、単なる住まいとしてだけではなく、長屋を存分に楽しめるように工夫しました。
また、第一期とは異なり、第二期はひとつの棟にまとまっていなかったため、前面道路を活用して点をつなぐような関係性にする必要がありました。前面道路と前庭をつなぎ、前庭と屋内をつなぎ、屋内と奥の庭をつなぐ。隣接する要素同士をつなぐことで、結果的に全体がゆるやかにつながるイメージです。
一期、二期ともに、リノベーション後は主に口コミで入居者が集まっています。新しく入居しても孤立することなく、既存のコミュニティにすんなりと溶け込むことができるという良い循環が生まれています。」

(居間の延長としての軒下空間(左)、町とつながる前庭(左))**

しっかりとコストもかけ、使い方をリノベーションした事例だと思う。建物の使い方を変え、若い世代が入ることで、エリアとして活性化を目指す。大阪に限らず、神戸や他の地域でも参考になるのではないだろうか。

●今あるものを組み合わせていく

最後にウズラボさんの建築設計、リノベーションについての考えを伺った。

「建築の設計では、土地やクライアントも含め、それぞれの条件をどう読み解いていくのかということが重要だと考えています。特にリノベーションの場合、建物の歴史や地域とのつながりといった条件とも深く関わってくるので、建築はもちろんのこと、人や事についても真摯に向き合う必要があります。
ここ数年は、神戸、大阪、京都という3つの地域でリノベーション物件に取り組んできました。
神戸ではコーヒー豆屋さん、大阪では長屋、京都では公共の美術館という具合に、規模も用途もさまざまで、その場所、その場所で特有の条件があります。そのなかで共通して大切にしてきたのは、それぞれの建築が経てきた歴史の積み重ねを踏まえ、その上に将来的に必要な要素を必要な分だけ少しずつ更新していくということです。その過程で、クライアントと住まい手、地域の人同士がつながり、それぞれの立場、それぞれの職能が協力し合うことが大切です。
今あるものを組み合わせていくことで、これまでになかった新しい組み合わせができて、新たなフェーズが見えてくるとワクワクします。今ある持ち駒の組み合わせ方を変えることで新しい攻め方ができるようになる。そんな作り方ができるとみんな楽しく建築に関わってもらえるのかなと思っています。」

今あるものを組み合わせる。理解しているつもりでも忘れがちなことだと思う。意外と足元にヒントが転がっていたりする。

●取材を終えて

リノベーションを考える中で、その地域の特性が見えてくるというタケウチさん。特に兵庫区のつながりのお話は興味深かった。自分は知らないけれど、親同士は知人、友人だったりすることはよくある。それがつながっていくことで、エリアとしてのバックグラウンドが浮かび上がってくる…そういった地域はまだまだあるのではないかと思う。リノベーションをする際に、物件だけを見るのではなく、エリアを見て、その歴史まで視野を広げると面白いことがまだまだあるような気がした。

※記事内の文章は原文を尊重しています。

竹内 正明(たけうち・まさあき)
ウズラボ代表
○PLOFILE
1973年大阪府生まれ
2002年に小池志保子とともにウズラボを共同設立、
2006年より代表
住まいに関するさまざまな事柄をデザインするとと
もに、文章の執筆や講演、大学教育に携わるなど、
建築を通じて幅広い活動をおこなっている。


○画像提供(*梅田彩華/**多田ユウコ/***ウズラボ/みんなでつくろう編集部)